ホーム > 文化・芸能 > 「撈魚生」マレーシア・シンガポールが本家争い

「撈魚生」マレーシア・シンガポールが本家争い

2012年02月01日 12:21 JST配信

【クアラルンプール】 中国正月7日に食べる縁起料理「撈魚生」(ローイーサン)の本家本元が自分だと主張して、マレーシアとシンガポールの対立が再燃している。
先ごろ華字紙「星洲日報」上で、シンガポールの有名シェフが1964年に4人で思いついた料理だと主張。すでに1940年代にはマレーシアにあったとするマレーシア側との論争に再び火を付けた。
シンガポールの有名シェフによると、新年のお祝いの席に出すような何か新しい料理ができないかと検討、現在の形の6色のカラフルな料理が出来上がったという。ただ元になる料理は以前からあったので、厳密には「発明」したのではなく「改良」したのだとしている。ただ肝心の元になる料理ができたのが果たしてマレーシアだったのかシンガポールだったのかについては、これらシンガポールの有名シェフも確かなことは分からないようだ。
一方、マレーシア側によると、元になる料理は潮州料理の冷たい前菜で、清朝にはあったという。これが南方に伝わってセレンバンのあるレストランで1940年代に改良されて出されたとの説があり、そのレストランの子孫が証言している。またこれとは別に「イーサン」という発音が広東語であることから、主に潮州人や福建人で占められるシンガポールであるはずはないという尤もらしい主張もある。これによると広東省順徳、南海の一帯を起源とする料理だという。
ちなみに生魚を食べることが古代中国から行われていたことは文献でも散見され、日本の刺し身とはルーツは異なっているのは明らかだが、華人の中でも日本から来た習慣と勘違いする人もいるようだ。

星洲日報、1月30、31日

関連カテゴリ: 文化・芸能

このサイトに掲載されている記事はアジアインフォネットが提供しております。